人生リタイア極論 でいちゃんのブログ

社会不適合なので22歳からリタイア人生

心が泣き叫ぶ 本当は辛い、一人の戦い セミリタイアとは 真実の男の姿

もう自分は「ダメ」かもしれない

 

このブログを見てくれている皆さん、本当にありがとうございました

 

"セミリタイアブロガー超新星"

 

の一人として名が挙がっている私ですが

 

もはや限界かもしれない・・・

 

 

セミリタイア生活は、『禁断症状』です

 

人は社会生活という名の薬物を摂取しないと生きることのできない存在です

その薬物接種を拒んでいる、真のセミリタイア人は禁断症状に陥ります

 

そう、私は「孤高」だった・・・

 

生まれてからずっと"孤高"であり続けてきた

 

そんな私に芽生えてきた、一つの感情・・・・

 

それが、セミリタイア界の『神』となること・・・

 

"誰もいない世界"の神として、君臨し続けること・・・

 

もはや、それが目標になってしまいました

 

人は、社会生活という薬物を摂取し続けることで、自分が特別な存在ではないということを自覚し、社会の一員となることができます

 

しかし、「本物のセミリタイア人」、

真実の男は、孤高で居続けることができます

 

孤独耐性がカンストしているからですね・・・

 

体調が悪くなっても、トレードで損しても もはや孤高であり続けることができます

 

ファッションでFIREしてる人間、友達や家族に囲まれた幸せ者には分からないでしょうね

 

他者との関わりの無い中、作り上げた、

「自分の中の世界」がどんどん膨張していく、この恐ろしさが・・・

 

セミリタイアをすることで社会とのかかわりがなくなる

人として堕落してしまう

暇でやることがない

寂しくてたまらなくなる

 

こんなことを言ってる奴らは、

ただのエアプです

 

真のセミリタイア人、孤高を極めし存在は、

自分の中の世界を拡張し続け、

自分の中の思想を信仰し、

神をも目指してしまう、危険な存在となってしまうのです

 

自分の中の、

「人として生きたい」と願う、

人間としての心が泣き叫んでいる

 

人間として生き、人間として死んでいく

そんな当たり前の生き方すらもできなくなるのか・・・

 

他者を思いやり、尊重できる人間として生きていたい

それは今も思っている

 

しかし、その一方で

一人で生き続けてきた という自負が、

自分自身を神のような存在だと再定義してしまう

 

ふざけるな・・・・

 

まだ、自分は人間として、生きていたい

人として、もっとたくさんの思い出を作っていきたい

 

でも、この神としての人格が、人の思いを踏みにじる

お前は、セミリタイア人であり、生粋の"孤高"だ

他の人間とは違う 特別な存在なんだ

 

いや、そんなわけあるか

人は、みな平等だ

なぜなら、死というものが平等に与えられている

人間が作った憲法(ルール)においても、人権はみな平等とされている

自分だけが特別なわけがない

ふざけるな・・・

 

分かってはいるけども、

自分の中の神の人格が、人としての自分を支配し始めている

 

人としての自分、

神としての存在、

どちらが上をいくのか、

どちらの思考が正しいのか、

それを決めるのが、セミリタイア人生です

 

残念ながら、自分に「答え」を授けてくれる他者はいません

手助けをしてくれる他者もいません

たった一人で、これからも戦い続けなくてはなりません

 

自分はいったい何者なのか、

その答えを、

このブログで今後、解き明かしていけたらと思います

 

 

続く